hajimerie’s diary

あばら骨が折れている猫のハルと大学生の年子兄妹と私の日々のダイアリー

1/5実母のドクターと面談、急遽実家へ走る😳🤗

1/4朝からTODOリストを作成し実行する予定だった。最優先で1/5に回収される新年ゴミ出し。でもできなかった🤣、、、、。

実母の介護を一手に引き受けている実家の妹から10時30分に怒り💢のLINEが届いた。

 

①母のリハビリを開始すると年末決めたが、意識が明瞭になった母は難色を示してきた。自分の言うことを聞かない。

②ケアマネと看護士が経管患者へのリハビリは負担が大きく慎重にした方がいいと朝一自分や母に言った。ここからおかしくなった。

③一緒に介護する兄(私からは弟)が何も手伝わない。自分だけに押し付けるな。冷蔵庫に食べるものが何もない。買いに行きたくても母が暴れるかもしれない環境下、買い物にも行けない。

④1/4の16時に訪問看護担当医師の往診がある。母が嫌がるリハビリの実施可否判断をする予定はわかるが、この状況では母がリハビリを受け入れるとは思えない。

 

内容はこうだった。

すぐに電話して状況を確認した。いわゆる弟妹喧嘩から派生した愚痴だった。しかし、介護を担ってくれている2人に知らんぷりもできない😭😣

 

実家に行くしかない😭😣

妹に以下を指示した。

「今正午、16時には千葉の実家に着くよう行く。現在母が好んで食べるハウスのレトルトのホットシチューは10個横浜のスーパーで探して買って持っていく。

大事なことは、リハビリを嫌がる母にリハビリさせる環境体制を作ること!母に納得させること!母をドクター往診まで落ち着かせること!」

 

私は急いで冷蔵庫にあるひき肉でハンバーグを作った。我が家の昼ごはんと実家の弟妹分に分け、実家分を弁当箱に詰めた。

 

母は経管栄養を取るようになってから体重が増えた。年末29.9キロから1/4の時点で34.4キロ。2週間で5キロ増えた。血圧も90-70サチュエーションも97まで回復した。倒れる前は39.5キロだったのでまだ5キロ不足してはいるが、何とか持ち直してきた。

 

15時半過ぎ、やはり横浜から千葉の松戸は遠いがなんとか実家に到着した😝

母は私の顔を見るなり嫌悪感を示した。つらいリハビリを強いる首謀者が私😣と感じていたようで、母は私に「今すぐ出ていけ😡」と言った。

「まあまあ、そんなこと言わないで、、、」と右から左からに交わす私😅

 

16時半、往診ドクターチームが到着。

ドクター診察で、誤嚥防止のため母のリハビリは明日から開始することが決まった。おかげさまで母も納得した。母も諦めたのか体調を戻した喜びを感じたのか「リハビリを頑張る」とドクターの前で言ってくれた。

すぐさまケアマネ→リハビリ担当医師に連絡、日程が組まれ今週金曜日からリハビリがスタートすることになった。

 

はぁ😖😖😖😖何とか終わった。

 

17時半、いつもの流山の喜多方ラーメン坂内で大好きなチャーシューめんを食べた。美味しかった。

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喜多方ラーメン坂内南流山店)

息子が運転してくれるため、ラーメンの前に生ビールと瓶ビールも飲んでしまった(飲み過ぎ⁉️😛)

会計し急いでハルが待つ横浜我が家へ向かう。自宅到着19時45分。もうヘトヘトだ。

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首都高鶴見つばさ橋、夜景は綺麗だ。

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首都高横浜ベイブリッジ、何度通ったかわからないくらいだが、横浜市民でよかったと思うくらい素晴らしい夜景。

 

介護は難しい。

生きるための現状維持か?経管を外すためのステップアップか?同じようで違う治療を選択しなければならない。

関わる人間が同じ方向を見なくては先に進まない。

母には近い将来命の終わりが必ず来る。これを見据えての治療となる。

つらいが仕方ないことだ。

親が老いていく、避けて通ることはできないが、嫌われていく自分も理解はしている。なんか悲しいなぁ😭💔ねぇ、ハル🥹

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