hajimerie’s diary

あばら骨が折れている猫と中学高校の年子の子供と私の涙と笑いのダイアリー

ホスピスを知った息子、『生きて』でもなく『頑張って』でもない思いをこめた絵を描いた。

『睡蓮』

友人から頼まれて息子が描いた絵葉書だ。


友人のおばさまがたった1人で病気と闘っている。
余命いくばくもないそうだ。

ご本人もご存知でそれを受け入れながら過ごされているらしい。

この友人から、枕元に飾れる絵葉書をプレゼントしたいので、ぜひ息子に絵を描いてほしいとの申し入れがあった。

息子がこれを受け、先方の指定の絵を描いた。


『死を迎える…。』
私ならどうなるのか🤔

人間ならば必ず通る道だ。

死を目前としてジタバタするのか?

まだ死にたくないとあがくのか?

私がどっちなのかわからない。

どっちだとしても、私は私🤗

大切な1日24時間を自分なりに有意義に過ごしたい。

自分の生きてきた軌跡を自分なりに形にして残せたら素敵😍


自分の終焉を考えてブログを始めたわけではないが、よく考えたらブログをアップするのも根底はここからきているのかもしれないなぁ。


人間は生きるのか、生かされているのか難しいことは私にはわからない。

でも、生きている以上は何かそれならに意味があるはずだ。


息子とはこの正月休み、一緒に過ごす時間が増えたため、なんとなく彼がわかってきた。


息子は、ここまででおしまい…。
このおしまいがおしまいにならず、やめられない。

これは子供の未熟さから来るものか?

いやいやそうじゃないなぁ。
大人でもよくある、性分か???


でもこれも一長一短だ。
悪いことばかりじゃない。
ある意味のしつこさはプラスに転じることもある。

絵を描いている時にはプラスに変わる🤗

息子よ、物事への力加減、匙加減を頭と体で捉えられるようになれば大丈夫☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆。


この息子が死を迎える人の心を慮り絵を描いた。


母は思う。
今、この環境から何かを感じ取ってほしい。